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25のパネルが全て白に変わってしまった。


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またしても「昭和の顔」が一人旅立たれました。
上品な好々爺、児玉清氏。やはり印象深いのは「アタック25」でしょう。
児玉清氏

昔から日曜のお昼は「NHKのど自慢」(オヤジが隣で「こいつ鐘、ひとつやな」とボヤく)、その後「アタック25」が我家の定番でありました。
「雑学+αの問題の難易度」、「オセロさながらのパネルの位置取り」、「応援席の素人さんの微妙な盛り上がり」、「パリ行きへの高揚感」そして児玉氏の絶妙な司会のさじ加減。(今は憧れのエーゲ海行きですか)
滅多なことでは褒めないオカンが「あんた、そんなしょうもないことよう知っとるな~」とおっさんを束の間天狗にさせてくれたのもこの番組のおかげでありました。
極度の上がり症を克服したなら一度予選にエントリーしてみようかと考えた時期もあっただけに残念でなりません。
「アタックチャ~ンス」「パリ挑戦権、獲得!」の名台詞がもう聞けなくなってしまうのか・・・。
いや~、一体この先番組はどうなってしまうのでしょう?

ワタクシが個人的に氏を最も尊敬している点は、常に謙虚で偉ぶらない姿勢。
横柄な態度で若者に接する爺さんが多い中で、氏はいつも柔らかく周りに接していた印象があります。
石原慎太郎くん、見習いたまえ!

また氏を語る上で忘れてはならないのが、小説のレビュアーという一面。
なんとも温かみのあるレビューは、小説を心から愛していることが窺えます。
ああ、スーちゃんといい、児玉氏といい、惜しい人が亡くなると寂しい限りです。
心からご冥福をお祈りします。



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この良き日に、ええ年こいて小学生か。


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4月吉日、高校の同級生・O君が彼女との5年以上の交際を経て、感動のゴールインをしました。(別名「人生の墓場」とも言う)
新郎は一言で言えば「気のいい、優しい人」。新婦にも何度かお会いしたことがありますが「美人で気配りの出来る人」。まあ、お似合いのカッポーっちゅう訳ですな。

しかしながら「その辺にゴロゴロいる幸せな新郎新婦」にスポット当てたところで、面白くもなんともないので、今日は阿久悠悪友・T郎の「とてもアラフォーとは思えない行動の数々」を振り返ることにします。

式は岡山神社で15時の予定でありました。披露宴まで時間が結構あり、お腹が空きそうなので13時に岡山駅噴水前で集合と相成りました。
時間通りに噴水前に着くと、「これから神前式に臨むとは思えない恰好の男」がいます。
桃太郎らしい
はい、面倒くさい写真ですね。撮る人間の身にもなって欲しいです。
明らかに後ろのオバチャンには「関わりたくない空気」が漂っています。
この写真、「角度が悪い」だの「光の入りが悪い」だのと10枚ぐらい撮った中の一枚であります。メンドクセー。
気に入った写メはこの後、○ャバ嬢に送信していたことを補足しておきます。うっといー。

ま、そんなこんなしながら、岡山神社に移動、神前式です。
神前式って、教会みたいに歌を歌ったり、人前式みたいに自由なスタイルでやる感じじゃないですよね?
雰囲気は厳か。ぶっちゃけ言うと暇。しかも目の前に座ってる親族との間隔はかなり狭い。
そこで隣のT郎を見ると何やらゴソゴソし始めました。

①「おい、ハンカチ、ハンカチ」と囁くので涙ぐんでいるのかと思えば「携帯Yahooニュースで日ハム・斎藤佑樹の記事」をチェック。(そっちのハンカチかよ)
②前に座ってるオバチャンの着物の帯のガラを指でなぞる。(しかもかなり神妙な表情で)
③そのオバチャンが親族挨拶で起立時、椅子の上に携帯電話をタテに置く。ギリギリ引っ込めたが。(キャー言うたらどうすんねん)
④「親族挨拶だ」って言ってるのに、隣の友人に「おい、次おめえじゃ」とだます。(本当に彼は腰が半分浮いていた)
⑤式後、顔見知りの新郎・母にいきなり「おい、と○こ!えかったのう」と呼び捨てにする。(他の親族、口あんぐり)
ホストのつもりらしい
ホストのつもりらしい。ブルーのコンタクト入れてました。変なの。

私も自分自身、かなりレベルの低さには自信があるのですが、彼のそれには足元にも及びません。
こんなんで会社ではトップセールスマン、高校時代は部長をやってたっつーんですから世の中何かがおかしいですな。
その後、披露宴会場に向かう車中で他の友人の披露宴後「西川寒中水泳大会をした時のエピソード」を語っていました。(結構浅せえな)

披露宴会場では、私も酔っ払ったせいか彼の行動は覚えてません。
あ、一つ覚えてたことが。
そう言えば、新郎の母が「アンタ、こっちは元気かな」と彼の股ぐらにディープタッチしてました。←ただの顔見知りではなかったのか。(隣にはその様子を微笑ましく見つめる新郎・父もいました)
しかし、久々の更新にこんなネタ、今さらながら悔やまれます。
こんな最低なネタ、彼は大喜びでしょう。しまった。

あ、肝心なこと忘れとった。「末永くお幸せに~」
末永くお幸せに


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上司に心酔する、上司に人格破壊されるvol.2


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そして、尊敬すべきT課長が栄転された後、「厳しい」と噂のS課長が中国エリアの統括課長として配属されました。
「厳しさ」にも色々種類があると思いますが、この方の厳しさには他人に対する優しさが全く感じられませんでした。今日はそのお話をします。

営業会社D社には、目標に掲げる大きな三本柱があります。(N部門、R部門、K部門)
当時の倉敷支店はN部門とK部門はそこそこの数字を残せるものの、R部門だけはどんなに頑張っても結果が出ない。そんな状況でした。
先に述べたT課長は、「勿論R部門はやらなきゃいけないが、最終的にはトータルで数字を残せ」という考えの方でしたので、R部門向上のレベルアップを図りつつ他の部門でカバーする体制で業務にあたっていました。

しかし、S課長は、一部門が伸び悩んでいる状況を見過ごすことが出来ない性格。
いやそれならば出来ていないこちらに否があるので、叱咤激励されるのは致し方ない所ではあるのですが、この人の場合はこうでした。

深悪い話1;支店長会議中、R部門の議題に話が及んだ際。
「何故出来んのや!どうするんや!気合と根性が足りんから出来んのや!」で2時間詰めっ放し。
正に針のむしろ状態です。「次月は必ずやります」と言えば「どうやるんや!」と返され、「顧客へのアピール、フォロー、社員教育を徹底させます」と言えば「じゃあ、今月はやってないんか!」と返され、「いえ、今月よりも意識を高めて」と言えば「今月は意識が低いから出来んかったんやろ!」と返される始末。
もう返す言葉を無くしていると「お前の弱気が数字に出とるんや!」です。もうどうせえっちゅーねん。嵐が過ぎ去るのを待つのみです。

深悪い話2;それでも取れないR部門、今度は汚い手口で精神的に追い込む。
頑張りました。物凄く悩んで社員も頑張ってくれたけど数字が取れません。そんなある日、福山支店(同じエリア)の支店長から「店長(おっさんの事)、大丈夫?あんまり気にすんなよ」と同情の電話が。どういう事かと思案する暇もなく、他のエリア内の支店長から次々と電話が入ります。これ、何のことはありません。S課長から「倉敷の店長を徹底的に詰めまくれ」と指示が各店長に飛んだ模様。これは流石に凹みました。怒られるよりも何よりも同情されるのは一番辛いことです。この時点でモチベーションなどあったもんじゃありません。

深悪い話3;男に二言あり。
どうしても連絡のつかない顧客Aさん。やむを得ずS課長の指示でAさんのご自宅を訪ねることになりました。訪問前のS課長の言葉「お前が帰ってくるまで連絡待ってるから行って来い」。タイミングよくAさんにも会え、前向きな話も出来ました。帰社して直ぐに、自分を待っていてくれる課長宛に報告の電話をしました。すると電話にたまたま出た女性社員が「え?課長、用事があるからって1時間前に帰りましたよ」とのこと。「多分、何か急用でも出来たのだろう」と諦め、翌朝改めて報告の電話を入れると、「いや~、昨日の店はよかったぞ」の第一声。殺意を覚えると同時に、情けなくて涙が出ました。

深悪い話4;人として言ってはならない事を言った。
コチラも「あなたの事、尊敬できませんオーラ」を発していたのでしょうか。ある日の電話で言われた言葉「もう、お前辞めろ!じゃなければ死んでくれ」・・・この課長が上司になってからブルーのどん底でしたので、自分自身「ホンマに生きてる価値はあるのか」と鬱状態になりかけましたね。人間不信に陥り、周りの人間は誰も助けてくれないんじゃないか。ずーーっとそんな事をこの時期考えていました。

こんな男がどうして課長にまでなったのか?答えは「ゴマすり上手」なんです。
部長以上の役職者に対する態度、思い出しただけで反吐が出そうです。
しかし、今にして思えば教訓に出来ることもあります。
1「ポジティブじゃないといい仕事は出来ない」(この課長の元で仕事した期間はモチベーションも仕事内容も最低でした)
2「根性だけじゃいい仕事は出来ない」(最終的に必要なものだとは思ってますが)
3「こんな人にはなりたくない」(これぞ反面教師って感じですな)

このS課長が去ってからは、米子の和田アキ子・M本課長や、浪速のブラピ(笑瓶)・S木課長など人間的にも尊敬でき、今でもお付き合いの続いている素晴らしい上司に恵まれ6年間のサラリーマン生活を終えることが出来ました。(そして今は自由人)そのお二人の話は改めてしましょうかね。

おっと、忘れてた。そういえばサラリーマン生活の最後に恐るべし裏切りがありましたね。
その話はかなりテンションが高い時に冗談っぽく書きたいと思います。


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上司に心酔する、上司に人格破壊されるvol.1


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最近何かと忙しかったので久々の更新になってしまいました。
3月は期末でもあり、選抜高校野球もあり、忙しいことが予想されますが出来る限りの更新をしていきますので見捨てないでくださいね。(ネタばかりが溜まっていく・・・。)

さて、復活の第一弾はちょっと真面目に攻めたいと思います。
ネタは、私が以前にお世話になった「素晴らしい上司」と「二度と顔も見たくない上司」について。
今日は先ず「素晴らしい方」のお話をしたいと思います。

大卒後、社会人として勤めたのは「恐ろしいまでに数字に拘る営業会社」でした。
平社員としての3年間は正に馬車馬の日々。朝は8時前に出社し、夜は22時過ぎまで働く。休日出勤は当たり前。
昼食時間は大体15時か16時。(休憩時間は30分弱)
役職者である支店長以上は管理職のため、当然残業手当などありません。
課長なんて、朝5時半過ぎには出社していたので、「岡電より働く男」などと揶揄されていました。
勿論、男にはお付き合いは欠かせません。アフター10から先がまた長い、長い。(ガスター10みたいやな)
そんなこんなで数字と戦い続けた3年間を過ごした後、支店長として倉敷支店に配属されることになりました。

ここから先の直属の上司は中国エリアを統括するT課長ということになります。
支店で2週間ほど勤務して臨んだ初の支店長会議。ここで先ず第一のダメ出しを喰らいます。

深イイ言葉1;「一言話せ」と言われ、決意表明的な感じで漠然と心構えを発表した時のお言葉。
「誰がそんな事を話せといった。お前の店の弱点は何だ。強みは何だ。目標達成するための戦略を言え。それに対する数値の落し込み計画を言え。」
・・・そんな準備してないこと言える筈もなく、その日はただただ自分の浅はかさに反省して終わりました。

深イイ言葉2;支店長業務にもある程度慣れ、稼働日2日ほど残し、残り2日は次月の準備期間として数値の調整をしていた時のお言葉。
「お前が最後に余力残して流しているのは分かっとる。最後に気を抜く人間を俺は信用しない。」
・・・これが最善のやり方だと信じて仕事していたのでショックでしたね。目標達成すれば、文句は言われまい。流していてもバレまい。と思ってやっていましたから。この言葉により、今まで95%の力で仕事していたことに気付きました。で、改心し、120%の気持で仕事した結果、当時の社員の頑張りのお陰で全国7位(総支店200超)になり、ご褒美として会社からインセンティブ旅行に招待されました。(スミマセン、これだけが自慢なんで書きました)

深イイ言葉3;支店長会議後、恒例の飲み会の席で囁いたお言葉。
「お前、会社のやり方に不満があるだろ。俺もある。だから俺はトップになって会社を変える。」
・・・勿論、私自身不満はありましたし、同僚にも愚痴りました。けどそれで終わりです。一方このT課長、その後抜群の数字を残し、どんどん昇進されました。正に有言実行の人です。

深イイ言葉4;支店長会議中に社員育成について考えを言われた時のお言葉。
「部下の倍動け。部下より10倍考え、常に部下の2歩先を見ろ。」
・・・こういうことは、あくまでも気構えの問題です。ですが、この言葉を念頭に置くと、行動が変わります。
そしてこうも言われました「自分と同じ力量の人間を多く作れ。お前が有休を取っても数字が下がらない体制を整えろ。」これも考えもしなかったことです。最終的には自分が数字取らなければと思っていましたので。

いずれの言葉も10年経った今でもハッキリと頭に残っています。
しかし、「一番心に残っている言葉は?」と聞かれると「お前の好きなようにやってみろ。責任は俺が取ってやる。」ですね。何をやってもうまくいかない。社員もバラバラ。かなり気持が折れた状態で、相談した時に言われました。
この一言で救われ、絶対この人を裏切るまいと思い、この一言で3ヶ月はモチベーションを保つことが出来たと思います。
いやあ言葉って大事ですね。結局このT課長とは1年余りの付き合いでしたが、本当に充実した日々だったと思います。
最後に、前職で一緒だった皆さん。鋭いツッコミは不要ですよ。
次回はこのT課長の後に来た、言葉で人格破壊をするS課長について。


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父・T雄について考察する。

シリーズでお送りする「今まで出会った偉人たち」。
記念すべき第1回目の今日は、「父・T雄」について、様々なエピソードを交えながら、おっさん独自の鋭い視線で、「偉人の素顔」を明かしていきたいと思う。

「父・T雄」・・・今年、古希を迎え、京都で生まれ育ったためか、未だに「とうもろこし」を「なんば」、「鶏肉」を「かしわ」、「ポップコーン」を「なんばポン」と言って憚らない「豪傑」である。
ちなみに、芸能人でいうと、「井川比佐志」に似ていなくもない。(いや、やっぱり似ていない。)

井川比佐志様

(うーん。やっぱり似ていない。)

以下、「豪傑」エピソードを紹介する。

①:横文字を、8割強の高確率で言い間違える。
(例)でいずにー(ディズニー)、ふいりっぴん(フィリピン)、らくびー(ラグビー)等。
一番度肝を抜かれたものは・・・
「猟奇的な彼女」(韓流映画)→「りゅうきてきなオンナ」
(既に原型すら、全く留めていない・・・。あ、横文字じゃなかった。)
しかも、間違いを指摘すると、「関西では、こう言うねん。」と反論。(言うかー!)

②:野菜の名前を覚えない。
(例)数年前、母が入院することになり、晩御飯担当のおっさんは、「お好み焼きをする」と父へ申告したものの、キャベツがないことに気付く。
張り切って買出しに出た父は、「白菜」を購入。
(Oh!シャバシャバ焼き。)

③:旅行時の服装が明らかにおかしい。
(例)「ジャケット」に「ゴルフ帽」、「カバン」はナナメ掛けという、「フォーマルとカジュアルが同居していない」格好で、颯爽と旅に出る。

④:ゴルフの構えと、ボーリング時のガッツポーズにイラっと来る。
(例1)ゴルフの構えは野球でいうと、「種田」である。

種さん

(こんなんでよー打てるなー。)

(例2)ボーリングの構えもおかしいが、ストライクを取った時、隣レーンの女子大生と思われるグループに向かって、「したり顔」でガッツポーズをする。(二度と一緒に行きたくない。)

優しい皆様は「お茶目」とか言ってくれるのだろうか。
しかし、実の親子だと、そんなことは言っていられない。(おっさんはいつも眉間にシワが出来る。)

いやいや、恐らくおっさんは心が狭いのであろう。「もっと親孝行せねば」と反省するおっさんなのでありました。
(このブログ、親父にばれたら、怒られるやろなー。)





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倉敷市在住、38歳のおっさんです。
Tromboneを週に2回ほど吹いてます。
楽器を吹くことよりも、一杯やってる方が好きです。

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